大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(う)228号 判決 1990年10月29日

本籍

東京都江戸川区南小岩二丁目二四五番地

住居

神奈川県藤沢市片瀬海岸一-八-二一 シーサイド片瀬江ノ島五〇五号

会社員

野地忠

昭和一一年一月一八日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成元年一月一九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官樋田誠出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人角田由紀子、同清水幹裕連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官樋田誠名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当であるから、これを破棄した上、被告人に対し、是非刑の執行を猶予されたい、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討すると、本件は、株式会社忠峰商事(以下「忠峰商事」という。)の代表取締役である被告人が、(1)不動産の売買・仲介等を業とする木元不動産株式会社(以下「木元不動産」という。)の代表取締役である分離前相被告人木元隆(以下「木元」という。)と共謀の上、木元不動産の業務に関し、法人税を免れようと企て、忠峰商事に対する架空仲介手数料を計上するなどの方法によって木元不動産の所得を秘匿した上、その昭和五八年九月期から同六〇年九月期までの三事業年度における実際所得金額が合計一三億五八九七万九七七六円、課税土地譲渡利益金額が合計一七億三七二九万七〇〇〇円であったのに、所轄税務署長に対し、その所得金額が合計八億五二六六万〇八七九円、課税土地譲渡利益金額が合計一四億一六四八万二〇〇〇円しかなく、これに対する法人税額が合計六億二八三九万三一〇〇円である旨内容虚偽の各確定申告書を提出して、各納期限を徒過させ、合計二億八二九七万八六〇〇円の法人税を免れ、(2)東誠商事株式会社に取締役として勤務する傍ら個人として不動産の売買・仲介業を営んでいる分離前相被告人山田義博(以下「山田」という。)と共謀の上、山田の所得税を免れようと企て、同人が得た仲介手数料収入を忠峰商事の収入であるかのように装って除外するなどの方法によって山田の所得を秘匿した上、その昭和五九年及び同六〇年の二年分の実際所得金額が合計五億〇九一八万七二二八円、分離課税による土地の譲渡等に係る事業所得金額が合計三億三五一三万九一二二円であったのに、所轄税務署長に対し、その所得金額が合計三五八九万八〇八四円、分離課税による土地の譲渡等に係る雑所得金額が合計六四四七万五九七七円しかなく、これに対する所得税額が合計四七二五万七六〇〇円(但し、申告納税額は、合計四七二五万六九〇〇円)である旨内容虚偽の各確定申告書を提出して、各納期限を徒過させ、合計五億三五三〇万七七〇〇円の所得税を免れた、という事案である。被告人は、自己の経営する忠峰商事の業績が不振であったことから、元来何ら関係のない木元不動産や山田の不動産取引に関し、忠峰商事等の名義の架空領収証等を発行し、これを取引額面の概ね一割の報酬を得て木元らに交付して、木元不動産等の脱税に協力したものであって、犯行による逋脱税額は総計八億円を超え、被告人の取得した報酬額も合計一億三四〇〇万円余に達していて、巨額であるばかりでなく、犯行の動機にも酌むべきものが乏しく、忠峰商事だけでは不自然と考え、休眠中の二会社を買収した上、その商号をモーゼ商事株式会社及びランドフィールド株式会社として、架空領収証等の発行名義を使い分けたり、犯行の発覚を防ぐために自己が発行した架空領収証等の額面に見合う金額を仲介手数料名目で税務申告し、その際には、下請けとして他の「領収証屋」を利用して架空経費を計上するなど、手口が計画的で、巧妙かつ大胆なものであること等に鑑みると、犯情は極めて悪質であって、被告人の刑責は重いといわなければならない。

所論は、被告人が本件犯行に及んだ動機ないし経緯について、(1)犯行の動機が忠峰商事の業績不振にあることは間違いないが、右業績不振は、必ずしも被告人の怠惰や営業能力の欠如に起因するものではなく、被告人は、忠峰商事の宅地建物取引業の免許を利用していわゆる「名義貸し」をした際、悪質なブローカーに引っ掛かってしまったことから、被害者に対する損害賠償を余儀なくされ、友人の借金の後始末も必要となって、多額の借財を重ねた結果、経済的窮状に陥ったものであるから、動機には同情すべきものがあり、また、(2)山田との犯行について、被告人は、決して自発的に関与した訳ではなく、福島県二本松市所在の実家の競売の件で援助を受けたことがある山田の父親の越沼義秋(以下「越沼」という。)から、一三〇〇万円近い債権が残っているとして、その返済を迫られて犯行への加担を強く求められたため、やむなくこれに関与したものであり、その後、山田らとの絶縁を考えたものの、越沼が恐ろしくて実行できなかったのであって、この経緯にも酌むべきものがあるから、これらの事情を被告人のために斟酌されたい、というのである。しかし、所論も認めている如く、「名義貸し」は違法な行為であり、友人の借金の後始末の点を加えてみても、所論の(1)のような理由で営業不振に陥ったことをもって被告人のために特に酌むべき情状とは考え難いところである。また、被告人が、最初に山田と面接した際、同人に対し、報酬は取引額面の一割でよいから是非架空領収証の発行をさせて貰いたいなどと言って、本件犯行への関与を積極的に申し出、その後、一年数か月の間、同人の依頼に応じて架空領収証の発行を繰り返していたことは関係証拠上否定できないから、仮に、その背後に越沼からの強い要求など所論(2)のような事情がある程度存在していたとしても(被告人の生命、身体等に対する危険の発生を危惧すべき状況であったとは認められない。)、本件の如き悪質な脱税事犯において、この点を重視することは相当でないものというべく、結局、この所論は採用できない。

次に、所論は、被告人は、決して職業的・専門的な「領収証屋」ではなく、自己の脱税協力の方法の安全性を宣伝したこともないのであって、原判決の量刑の理由中この点に関する判示部分には誤認がある、というのである。しかし、関係証拠によると、被告人は、忠峰商事の前身である野地不動産株式会社のころから、時々、同業者の依頼に応じ報酬を得る目的で架空領収証等を発行していたが、昭和五七年四月ころ不動産ブローカーの光野信政から木元不動産の脱税のために架空領収証の発行を引き受けることを勧められ、これに応じてからは、次第に架空領収証等の発行による報酬が忠峰商事の収入の大部分を占めるようになり、同六一年秋の税務当局の調査時点までの間、木元不動産及び山田のほか四〇を超える法人又は個人の脱税に架空領収証の発行等の方法で協力してきたことが窺われ、また、被告人が、最初に木元と会った際、同人に対して、忠峰商事の法人税確定申告書や宅地建物取引業の免許証の写等を示しながら、これまできちんと税務申告しているし免許の更新を重ねていて実績がある旨説明し、山田との面接の際にも、同人に同様の説明をして、忠峰商事の決算や税申告の点は心配ないことを強調して安心させたことも否定できないところであって、このような事実関係に徴すれば、被告人について「顧客の所得隠しに協力できることをいわば宣伝材料とする形で長期間、職業的・専門的な脱税請負人として行動した」旨判示した原判決に何ら誤りはなく、この所論は採るを得ない。

以上説示のとおり、本件の犯情は極めて重大かつ悪質であって、被告人は、その刑責を厳しく問われてもやむを得ないものというべく、本件の発覚後はその非を深く反省していること、業務上過失傷害及び傷害の罪による罰金前科二犯を除いては、前科前歴のないこと、その他被告人の人柄、経歴、家庭の事情など、所論指摘の首肯するに足りる諸事情を最大限被告人の有利に斟酌してみても、本件が刑の執行猶予を相当とする事案とは到底認められないのみならず、その刑期の点においても、原判決の量刑が重きに失して不当であるとは認められない。

この点に関し、所論は、被告人とその余の共犯者らの果たした役割には質的な差異があり、自己又は自己が経営する企業の所得に関し、主体的に脱税を敢行した木元、山田らと、その利益隠しに協力したに過ぎない被告人との間の主従関係はおのずと明らかであって、殊に、被告人に対する科刑が木元と同じ懲役二年であるというのは甚だしく均衡を欠く、と主張する。しかし、被告人と木元、山田らとは、いわば「持ちつ持たれつ」の関係にあったものであって、脱税のため長期間に亘り被告人を利用した木元らの刑責の重大なことは勿論としても、他面において、木元らにその手段を提供し、所得秘匿を容易ならしめた被告人の存在が木元らの逋脱税額を巨額なものとしたことも否定できず、その間に若干の主従関係を認めるとしても、木元の関与した原判示第一、第二の逋脱税額が合計三億五四三二万四五〇〇円であるのに対し、被告人が共同正犯として関与した原判示第一、第三の逋脱税額の合計がその二倍以上の八億一八二八万六三〇〇円に達し、これに関与したことによる謝礼金も合計一億三四〇〇万円を超えていることに照らせば、被告人に対する量刑が他の共犯者、殊に木元に対する量刑と比較して均衡を失するものとは考えられないから、この所論も採用できない。

論旨は理由がない。

そして、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は、本件に対する反省の気持を表すため、従前から匿名で寄付を続けていた社会福祉法人日本点字図書館に対し一〇〇万円を寄付したこと、被告人を知る多数の者から被告人の減刑を願う嘆願書が寄せられていることなどが認められるが、これら原判決後の事情を考慮して再考してみても、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するものとは認めるに由ないところである。

以上の次第であるから、本件控訴はその理由がないものとしてこれを棄却すべく、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例